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水島とは?/ ディック

[ 841] 水島新司 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E5%B3%B6%E6%96%B0%E5%8F%B8

1958年、大阪の貸本漫画出版社日の丸文庫の「影」にて、サスペンス調の『深夜の客』で入選、デビューする。その後日の丸文庫所属を経て独立。『番頭はんと丁稚どん』の漫画化などを行う。
この頃より上記の連載作品が人気を博し、野球漫画の第一人者としての地位を確立する。以降1975年に『男どアホウ甲子園』の続編「一球さん」を『週刊少年サンデー』に、1976年に「球道くん」を『マンガくん(少年ビッグコミック)』に発表。1977年からは野球漫画専門誌『一球入魂』を創刊し「野球狂の詩」のパリーグ版である「ある野球人の記録」(単行本では「白球の詩」)を連載する。これらの主要な作品は各々長期の連載となり、野球漫画の名作という評価を得ていく事になる。1981年には日本野球機構そのものをすべてオリジナルで作る壮大で野心的な作品「光の小次郎」を『週刊少年マガジン』に発表した。
1983年には自身が今まで描いてきた高校野球漫画の集大成作品『大甲子園』を発表。『ドカベン』を中心に『野球狂の詩』『男どアホウ甲子園』『一球さん』『球道くん』『ダントツ』などの人気漫画の、それまで意識して描かなかったという登場キャラクターの高校3年の夏の大会を描いた。
2005年10月・11月に、8週連続(モーニングでは予告編含め9週)で『週刊少年チャンピオン』と『週刊モーニング』による、出版社を超えたコラボレーション企画として、『ドカベン スーパースターズ編』の東京スーパースターズと『新・野球狂の詩』の札幌華生堂メッツが日本シリーズで対決した。
2007年、漫画家生活50周年を迎え、『週刊少年チャンピオン』では漫画家生活50周年の企画として、連載している「ドカベン」を巻頭カラーにし、秋本治やさいとう・たかを、あだち充、井上雄彦、満田拓也など沢山の著名な漫画家からの寄せ書きとイラストを掲載した。
週刊少年誌に連載する漫画家としては秋本治を13歳も上回り、当然のことながら現役最長老であるが、その創作意欲は衰えることを知らない。
中学は新潟市立白新中学校に通っており、当時同校に隣接していた新潟明訓高等学校への進学を希望していたものの、家庭の経済状況を勘案して高校進学を断念した。そうした思いから、のちに『ドカベン』で“明訓高校”を舞台にした。また“白新高校”の名称も通っていた中学校からとっている。なお、中学も家業の酒屋の手伝いのため欠席も多く、卒業が危ぶまれた事もあったという。
新潟市古町通には、水島の功績を顕彰し、漫画の登場人物の銅像を並べた「水島新司漫画ストリート」がある。
「あぶさん」と「ボッツ」というふたつの草野球チームを主宰。漫画作品の執筆のかたわら年間60試合前後に出場し続け、投手として200勝を達成した時には自費で名球会入り記念パーティーを催した。また草野球チームが縁で田中寅彦ら将棋のプロ棋士と知人になり、将棋漫画『父ちゃんの王将』を描いたり、作中に将棋棋士から転向した野球選手や将棋棋士の名前そのまま、もしくはもじった名前の野球選手を登場させている。
2006年5月9日に設立が発表された、独立リーグ「北信越ベースボールチャレンジリーグ」のアドバイザーに就任している。
テレビ番組でのインタビューにて「一番最高の打者は誰か?」という質問に「山田太郎(理由は甲子園大会通算打率7割5分を誇るから)」と答えている。
選手個人としては「エンターテイナーとしてパ・リーグを大いに盛り上げてくれる存在」として、「北海道日本ハムのSHINJO」選手の大ファンであるという。
メジャーリーグを嫌っており、MLB入りしたイチローや松井秀喜らを非難している。雑誌「月刊ホークス」内で2002年まで水島が連載を担当していたコラムでは、当時ダイエーに在籍していた井口資仁がメジャー移籍を球団に希望したニュースが流れた際、「何故日本で、日本のファンの前でプレーしてくれないのか」と疑問を呈し、「メジャーの選手が凄い凄いと言っても、漫画の世界ではそれ以上のものが書ける」と表現している。とは言え、イチローはその後も『あぶさん』に描かれた。要因としては2004年、彼が安打の世界記録を樹立したことが大きいとされる。また最近、松井の5打席連続敬遠が今まで見てきた甲子園の試合の中で印象深いと語っていたりすることから、最近はそこまでは彼らに対し以前ほど批判的でないのかもしれない。
MLB嫌いではあるものの、福岡ソフトバンクホークスオーナー・孫正義が考案する「世界一クラブ決定戦」の推進派。理由としては、MLBの優勝決定戦が「ワールドシリーズ」と呼ばれることに不満を持っている為と言われる(「ワールド」の意味を理解しているのか、とのこと)。
長男の水島新太郎はカルビープロ野球チップスカードの収集家としても有名で、水島はカードを参考にしながら登場人物の打撃フォームや投球フォームを描いたこともあるという。『ドカベン』の里中智の投球フォームのモデルが阪急ブレーブス・山田久志であることは有名である。
鈴木則文監督の実写映画『ドカベン』(1977年)に、自ら明訓高校監督の徳川役で出演。殿馬役の川谷拓三らを相手に楽しそうにノックする姿を観る事ができる。
いわゆる「空白の一日事件」で世間の大きな非難を浴び、おちおち外も歩けなくなった江川卓を一時かくまっていたことがあった。
本宮ひろ志の『実録たかされ』によると、江川3年時の作新学院が夏の甲子園2回戦で銚子商に敗れた夜に、作新学院の宿舎を訪れ、選手の述懐によると、「水島新司さんが来て酒飲んじゃって、どんちゃん騒ぎをしていた」というような事をしていたようである。
1970年代は東京都小金井市の音楽喫茶「白鳥」に通い、執筆や構想を練るなどに費やしていた。「野球狂の詩」のヒロイン・水原勇気は、その名を決めるのに思案し、喫茶店マスターの娘「ユウキ」という名が気に入りもらった。
大の野球好きであることはつとに有名だが、若手時代、身内で野球チームを作ろうとしたが人数が足りず、たまたまアシスタント志望でやってきた本宮ひろ志に対して、作品を見る前に「お前、野球できるか?」と尋ね、「できます」と言われたために即採用したという逸話も残っている。
故郷・新潟の南海戦で始球式を勤めた際、通常は一球投げた時点で終わる所を、一打者に投げ終わるまで投げた事がある。ただしこの際に場内アナウンスで「これは真剣勝負です」と洒落で流したために、アウトカウントを勘違いするというハプニングがこの直後に起きている。
1973年、『あぶさん』の連載にあたり、主人公・景浦安武の「入団交渉」のために当時の南海ホークス選手兼任監督であった野村克也を訪ねた時に、好きな球団を聞かれ「セは阪神、パは南海です」と答えたところ、「好きな球団は1つでええ」と言われたためその後はホークス一筋であった。「のんべえは持久力は無いけど、瞬発力があるから代打専門」という契約条件で入団、以来、永きに渡り代打専門で活躍している。また、『野球狂の詩』でプロ初の女性投手である水原勇気にリアリティを持たせるため、多くのプロ球界関係者にアドバイスを求めたところ、唯一前向きなアドバイスを与えてくれたのが野村であった(水原勇気の項目を参照)。
野村監督との親交を深め、映画『野球狂の詩』(1977年)では現実のチームとして南海ホークスを登場させ、野村監督が実際に打席に立った。
『あぶさん』で杉浦忠を追悼する回では、南海OBと絶縁しているはずの野村を出演させていた。また、『ドカベン プロ野球編』で岩鬼が福岡ダイエーホークスに入団したのも、水島のホークス好きに依ると言われている。
ホークスの選手寮にマイクロバスで乗り付けては、若手を食事に連れ出すなどしており、門田博光なども、そうした水島の援助を受けた一人である。
南海ホークスを買収した直後の1988年、当時の中内功オーナーとお互いのマネージャー、秘書無しで1対1で会食した。中内氏が社員に「ホークスのことは誰に聞いたら1番よく分かるのか」と尋ねたところ、全員が水島の名を挙げたという。中内は水島の話を聞きながら、一生懸命にメモをしていたという。
上記のようにホークス一筋が長かったが、2007年10月17日朝のNHKラジオ『きょうも元気でわくわくラジオ』のゲスト出演では「パはホークス、セは広島カープですね」と答えた。理由は「本物の野球球団、1から育ていい野球をしている」と答えている。
『男どアホウ甲子園』の主人公・藤村甲子園が5歳のときに、祖父・球之進に連れられて長嶋茂雄の甲子園プロデビューゲームを見に行った回に水島氏が登場しているコマがあるが、それは長嶋が阪神の投手から巨人を勝利に導くタイムリーヒットを打ったのを見た藤村祖父・孫の周りで悔しさのあまり罵詈雑言を浴びせるシーンである。氏は「クソーッ!!長嶋のアホゥ!!!また胃が悪ゥなりよったわぁっ!!!」と吠えているが実はこれ、まったくの実話でもある。当時大阪に滞在していた水島は当時新人の長嶋が甲子園での阪神対巨人戦で大活躍するのを見て錯乱。胃炎を患って入院したそうである。
1990年代後半以降、実在の外国人選手が漫画に登場することはほとんどない(登場することはあっても出番はごくわずかに留められる。ロドニー・ペドラザやボビー・バレンタインなど)。例えば、1998年の日本シリーズを描いた『ドカベン プロ野球編』においては、横浜ベイスターズのマシンガン打線にローズが入っておらず、二塁手に万永が入っていた。また、2007年の中日ドラゴンズには、タイロン・ウッズが入っていない。この件に関しては、外国人選手(ダイエー在籍経験のある選手らしい。ウィリー・アップショーという説が有力)を漫画に描いた際、肖像権を楯にその選手の代理人より高額な金銭請求があった事から、裁判などに巻き込まれない為にも実在の外国人選手は描かない主義になったという説もある。
ニュースステーションにゲスト出演した際、あだち充の作品(『タッチ』他)を「野球を恋愛の小道具として扱っている」と批判した。その一方で『ドカベン スーパースターズ編』ではマンネリ化の打破のためか、岩鬼正美と夏川夏子、殿馬一人とマドンナ、里中智と山田サチ子といった恋愛を描き、賛否両論の評価を得ている。
時折、作中で大きな伏線を張る事があるが(『男どアホウ甲子園』における甲子園球場をフランチャイズとする新球団の設立、『虹を呼ぶ男』における広島カープベンチに立つ謎の覆面男、『おはようKジロー』におけるKジローの父親の存在など)、それについての解答がないまま、いつの間にか無かった事にされている事が多い。
白熱するゲームは、1試合だけで何ヶ月にも連載が及ぶためか、試合中に打順や右利き・左利きが変わってしまうことも多い。また、ヘルメットの耳の部分を間違えることが多い。

 

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