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スタニスワフとは?/ ディック

[ 481] 国書刊行会
[引用サイト]  http://www.kokusho.co.jp/series/lemcol.html

スタニスワフ・レムは、ポーランドが生んだ20世紀SF最大の巨匠の一人である。自然科学から人文社会まであらゆる分野に精通した桁外れの知性と、共産主義も資本主義も笑い飛ばす強靭な諧謔の精神、そして魂の奥底までえぐる透徹した人間観察力。そういった稀有の資質を駆使して、レムは20世紀後半をトリックスターのように駆け回り、前人未踏の境地を世界文学のために切り拓いた。
レムの小説はこれまで数多く邦訳され、日本の読者にも愛読されてきたが、今回はそれらの著作の中でもとりわけ重要なものを現在の視点から選び直し、また未訳のままだった傑作の数々をすべてポーランド語の原典から新訳することになった。ここではレムの原点というべき、戦後間もないポーランドで書かれた純文学大作も、幼年時代を回想したみずみずしい叙情的な自伝も、そして鋭利このうえない文学評論の数々も、初めて紹介される。またSF小説では、あの名作『ソラリス』を初めとするよく知られた長編が装いも新たに登場するとともに、未訳だった最新作も収められ、またポーランドの批評家・読者の人気投票にもとづくベスト短編集もシリーズの最後を飾る。作品の選定に際してはレム氏本人の助言を受け、構成には彼の意向を十分に盛り込むことができた。つまりこの著作集にぎゅっと凝縮されたのは、レム自身も納得ずみの「レムのエッセンス」なのだ。
レムはいまなお中欧の古都クラクフにひっそりと暮らしながら、宇宙的なスケールで文明と人類の未来について考えをめぐらせ続けている。レムとは、いつまでも成長を続ける変幻自在でとらえがたい巨大な<現象>である。その全貌を見渡すなどしょせん不可能なことかも知れないのだが、この新たなコレクションを通じて彼の魅力の秘密がヴェールを脱ぐようにはっきり見えてくることを期待したい。つねに開かれた飽くことなき探究心で異質な他者に向かいあってきたレムの触手は、いま一度時空を超え、ヨーロッパの周縁からするすると延びてきて極東の島国を襲い、私たちの想像力に強烈な刺激を与えてくれることだろう。レムは21世紀の日本でこそ読まれるべき作家である。
コンタクト――地球外の知性体との遭遇について描かれた、最も哲学的かつ科学的な小説。広大無辺な宇宙空間において、理解不能な事象と愛の記憶に直面し、人は何をなすべきか。タルコフスキーとソダーバーグによって映画化された新世紀の古典、ポーランド語原典から新訳刊行。
ルヴフで暮らした少年時代を、情感豊かに綴った自伝『高い城』に、ディック、ウェルズ、ドストエフスキー、ボルヘス、ナボコフといった作家論や、『SFと未来学』『偶然の哲学』といった主要評論からの抄訳を収める。
偶然受信された宇宙からのメッセージは何を意味するのか。ニュートリノ天文学に関する学者たちの論議をふまえながら、人間の認識の不可能性を問う『天の声』に、ナポリで起きた連続怪死事件をめぐる確率論的ミステリー『枯草熱』をカップリング。
任務に失敗し自らをガラス固化した飛行士パルヴィスは、二十二世紀に蘇生して太陽系外惑星との遭遇任務に再び志願する。不可避の大失敗を予感しつつ新たな出発をする「人間」を神話的に捉えた、レム最後の長篇。
ナチス占領下の精神病院を舞台に、患者を守る無謀な試みに命を賭す青年医師の姿を描いた処女長篇のほか、ナチスによるユダヤ人大虐殺を扱った架空の歴史書の書評『挑発』や『一分間』などメタフィクショナルな中短篇五篇を収録。4-336-04504-6
1921年、旧ポーランド領ルヴフに生まれる。医科大学卒業後に詩や小説を発表し始め、長篇『失われざる時』三部作を完成(第一部が『変身病棟』)。地球外生命体との遭遇を描いた三大長篇『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』(原題『無敵』)のほか、『金星応答なし』『泰平ヨンの航星日記』『宇宙創世記ロボットの旅』など、多くのSF作品を発表し、その第一人者として高い評価を得る。同時に、サイバネティクスをテーマとした『対話』や、人類の科学技術の未来を論じた『技術大全』、自然科学の理論を適用した経験論的文学論『偶然の哲学』といった理論的大著を発表し、70年には現代SFの全2冊の研究書『SFと未来学』を完成。レムは同書中で、現代SFの九割以上はSF本来の可能性を無にしている駄作であるとの批判を展開している。70年代以降は『完全な真空』『虚数』(いずれも小社刊)『挑発』など、メタフィクショナルな作品や文学評論のほか、『泰平ヨンの未来学会議』『泰平ヨンの現場検証』『フィアスコ(大失敗)』などを発表。小説から離れた現在も、独特の視点から科学・文明を分析する批評で健筆をふるっている。
ビット文学の歴史、未来言語による百科事典、細菌の未来学、コンピュータGOLEMの講義録など、〈実在しない書物〉の序文を収録。フィクションの新たな可能性を切り開いたレムが到達した文学の極北。
誇大妄想的宇宙論からヌーヴォーロマンのパロディ評まで、16冊の架空の書物を論じたペダンティックな仕掛けに満ちた書評集。「ポスト・ボルヘス的書物」とカート・ヴォネガットの絶讃を浴びた異色の作品集。

 

[ 482] P&M Blog スタニスワフ・レム
[引用サイト]  http://piaa0117.blog6.fc2.com/blog-category-7.html

1987年に発表されたレム最後の長編小説。一昨年の夏に一度発売予定の情報が流れ、それからずいぶん待たされたあげくやっと先月末に発売されたいわくつきの作品でもある。 これは「宇宙飛行士ピルクス物語」の、ある意味続編であり、「ソラリス」を含むファーストコンタクトシリーズの完結版でもある。以下ネタバレあり 続きを読む
いま「大失敗」を読んでいるのだが、これは本当にSFである。レムは一般にはSF作家とされているが、実はレムの純粋な意味でのSF作品は何本かしかない。「エデン」「ソラリス」「砂漠の惑星」「星からの帰還」「天の声」そして「宇宙飛行士ピルクス物語」。 他の作品は小説だったとしても「泰平ヨン」シリーズや「ロボット物語」シリーズのような風刺SFだったり、「枯草熱」「捜査」のような不可知論的な現代小説だったりする。 「大失敗」は「ピルクス」の続編と言ってもいい作品だが、その内容は「泰平ヨンの現場検証」を思わせる。とにかく執拗なまでの記述でとても読みにくい。もちろんこの読みにくさを含めてこの作家が好きなのだが。で、「大失敗」を半分まで読んだところで、「高い城/文学エッセイ」に収録されていたSF論ふたつを読み返してみた。 続きを読む
天王星の第3衛星から探検隊が持ち帰ったハルシウス因子が世界中の紙を分解してしまうというカタストロフが起こり、以後二百年にわたって人類文明は混沌期に入った。この手記は「ペンタゴン」とされる遺跡から発見された先混沌期の貴重な文献である、と本書の「まえがき」に説明されている。しかし… 続きを読む
先ごろ亡くなったポーランドの作家スタニスワフ・レムの、有名な「ソラリス」、「砂漠の惑星」と並ぶ、SF作家としてのレムを代表する作品。 ハル・ブレッグは宇宙飛行士。10年の宇宙探査から地球に帰還すると、地球上では127年が経過していた、と言う物語。 まず冒頭、月から地球についたハルが見聞きする迷宮そのもののような地球の街の描写が圧巻である。読者もハルと一緒に迷宮に迷うようだ。 この時代の人々はすべて「ベトリゼーション」という医学的処置を受けている。これは人々から攻撃性を取り除く作用をする。この処置が人類全体に施される事によって犯罪や戦争は人類社会からなくなったのだが、そのかわり人心から「冒険」や「競争」は消え去った。この結果、宇宙探査も行われなくなったし、社会の進歩は停滞してしまった。 ここで描かれる未来社会はエフレーモフの「アンドロメダ星雲」に描かれる理想社会にちょっと似ていないだろうか。私は「アンドロメダ星雲」のレヴューでこんな理想社会は面白くないのでゴメンだと書いたが、ハルと、彼と一緒に地球に戻ってきたオラフも同じように思う。何もかも素晴らしいのだが、物足りないのだ。ハルはエリという恋人を見つけそこに安住しようとするが、オラフは地球に絶望してまた宇宙へ旅立とうとする。 100年経ったとき世界がどのように変化しているか考えて見る。逆に100年前の人が今の世界に急に現れたら、我々にとって当たり前のこと…自動車やTVや携帯電話やインターネット…が、理解できないだろう。同じようにハルや読者はレアルやラストやウルダーやプラスト・スプレーが理解できないのだ。いや、理解できなくて当然だ。我々がTVや携帯電話を100年前の人物にうまく説明できるとも思えない。 この、理解できないと言う事を描くとレムは天下一品である。 そして物語の中で断片的に語られるハルとオラフの体験した驚異と危険に満ちた宇宙旅行の物語…この部分に読者は逆にノスタルジーを覚えてしまうのだ。 これは「ソラリス」と同じように「未知との出会いの物語」であると考える事もできる。ソラリスの海であれ、レギス第3惑星の黒雲であれ、ベトリゼーション処置済みの人類であれ、程度の差こそあれ理解できないことに変わりはないのかも知れない。 そして、ラスト。ここは違う解釈の人もいるようだが、私はハルは自分がすでに地球の一員であることを自覚し、この世界に生きていく事を決意して終わっていると考えている。「わが家のある南をさし、土を踏みしめながら山を降りはじめた」と言う結びがそれを示していると思う。 それにしてもベトリゼーションと言う処置を全人類に施すと言うのはいったいどんな政府なのだろう。食事や宿泊などの基本的なサーヴィスがすべて無料なのを考えても、やはり共産主義ユートピアなのか?この本が書かれたのは1960年頃(出版が1961年)。共産主義が全盛だった時代である。レムは共産主義の行く末に対する批判と疑問をも、この作品に滲ませていたのかもしれない。 10数年ぶりに読んだ。わが家は湿気が多いせいかそろそろ本がヤバイ。もうじきばらばらになりそうだ。早いとこ復刊してもらわないと。「砂漠の惑星」が6月にハヤカワから復刊されるそうであるが、引き続き他のレム作品の復刊を期待している。
スタニスワフ・レムが亡くなった。 私のレムとの出会いは、23年前。大学生だった私がなんとなく手にしたハヤカワ文庫の旧版「ソラリス」だった。 この作品の持つ単純なSFにとどまらない多面的な要素に驚かされた私は、それから彼の作品を片端から読んだ。これらの作品は私のそれまでのSF観を完全に打ち砕き、一度彼の作品に触れると、それまでは傑作と思っていたアメリカSFが(ディックを除いて)どれも上っ面だけの薄っぺらなものである事に気づく事になった。 私はレムを読むことによって一般的な意味でのSFファンではなくなったのである。レムや、後に読むようになったストルガツキー兄弟の作品には、アメリカSFとは全く違う観点…いわば、人間第一主義を否定する観点が、通奏低音のように流れている。それが皮肉たっぷりに現れた「砂漠の惑星」のラストは共産主義とアメリカSFの両方を同時に嘲笑うありえないほど完璧なシーンだった。 レムがこの作品を書いたのはもう40年ほど前なのに、いまだに人類が宇宙のスタンダードではありえないという事が理解できない自称SFファンが多いのは情けないとしか言いようがない。 68年の「天の声」で早くもシリアスSFの限界に達したレムはこれと前後して「完全な真空」や「虚数」のようなメタフィクション路線と、「泰平ヨン」シリーズや「ロボット物語」シリーズのようなユーモア(アイロニー?)SF路線、さらには「SFと未来学」のような学術書(のようなもの)などさまざまな形の作品を書くようになる。逆に言うとそれらすべての要素が「天の声」という作品に盛り込まれている、と言えるかもしれない。 私のレムベスト3は「ソラリス」「宇宙飛行士ピルクス物語」「虚数(ゴーレムXIV含む)」である。しかし一番レムの本質に近い作品としては「泰平ヨンの現場検証」を推す。ここにはレムが書いて来たすべての要素がある。読むのは大変な忍耐が要求されるが… 私にとってレムは生涯をかけて追いかけ続けたい作家だった。 彼なき今、彼のほとんどの著作が手に入らないという今の状況下で、国書刊行会のレムコレクションの残りが発売されてしまったそのあと、私は何を待つ事になるのだろう。 レムがいなくなっても、彼が言うように『奇跡の時代』が、まだ終わっていない事を信じるしかないのだろうか。
夜中になって大きなニュースが飛び込んできました。asahi.comの記事によるとスタニスワフ・レム氏が27日に亡くなったそうです。 SFうんぬんは別にして、20世紀最大の作家の一人であった事は間違いありません。そして驚異的な知性の持ち主でした。 84歳と言う高齢、遠からずこんな日が来るとは思っていましたが、やはりショックです。 ご冥福をお祈りいたします。
「天の声」に引き続いて、まるまる10日かかって読んだ。 全体は3章に分かれているが、はじめの方は主人公が、どうやら以前に謎の死を遂げた人物の行動をトレースしているらしいということしか読者にはわからないが、第3章まで進むと、主人公が追っている事件の全容が明らかにされて行く。 ナポリの温泉で湯治中の男性が次々と謎の狂気に襲われて怪死する事件が起こっていたのだ。元宇宙飛行士の主人公は死んだ男の行動をトレースして調査していたのだ。 そうこうするうち、主人公の身にも異常なことが起こる。 これは「天の声」同様、一般的な意味でのSFではない。ミステリ小説のようでもあるが、ミステリのような結末の謎解きのカタルシスはない。 カフカのような「迷宮小説」の要素もある。 「現場検証」など、ほかの作品でも見られる説明の細かさも第3章で炸裂。一連の事件について極めて事細かな報告を読まされることになる。このあたりが読みにくいところでもあり、レムファンにはたまらないところだ。 タイトルの「枯草熱(こそうねつ)」は今で言う「花粉症」のことで、花粉症というアレルギーは、(若い人には信じられないだろうが)この本が初めて日本に紹介された1978年にはまだ日本では知られていなかった。当時はアメリカ人に特有のアレルギーだったのだ。 この作品の中で、空港でのテロが起こるが、そういう意味でも現代的な小説といえるかもしれない。テロ犯人が日本人なのはご愛嬌だが。そしてラストの幻覚の描写のすざまじさは「未来学会議」にも通じる。 しかし、個人的にはレムの小説の中では「エデン」の次に苦手な作品である。レムが何を意図してこの作品を書いたのか、今ひとつ掴めない気がするからである。
20世紀の天才的な数学者・ホガース教授は、偶然発見されたニュートリノ放射による宇宙からのメッセージを解明すべくはじめられた「マスターズ・ヴォイス計画」に参加する。この作品はホガース教授の手記のかたちを取り、結局はうまくいかなかった「計画」の顛末を明らかにするという作品である。 「ソラリス」では「海」という、「砂漠の惑星」では「黒雲」という具体的な対象があり、「海」は「お客」を送り、「黒雲」は人類に牙をむくといった具合に相手のほうも人類に関わってきた側面があったが、この作品では「天の声」の発信者が何者なのか、そのメッセージにどういった意味合いがあるのか、皆目わからない。 ファースト・コンタクトものSFとして見ると、「天の声」は「ソラリス」や「砂漠の惑星」よりももっとずっとむずかしい状況といえるだろう。 しかしここでは、レムの意図は、ファースト・コンタクトの不可能性などを描くよりも、未知なる物に接した時の人類の愚かさを描くことにあったのではないだろうか。 メッセージを解析したマスターズ・ヴォイス計画のメンバーは、そこから「蛙の卵」「蝿の王」という、細胞のような原形質を作り出す。これには核反応をワープさせる能力があることがわかり、応用すると最終兵器になるかもしれないと判ると、政治的な圧力がかかるが、それが実用化できないとなると、計画は打ち切られてしまうのだ。 ホガース教授ら科学者は発信者の意図をめぐってさまざまな仮説を立てるが、何一つ証明できないし、発信者について憶測することはメッセージ自体が解読できない以上まったく無意味な事である。もはや滑稽さすら漂う。 こう読んでいくと、この作品の後、レムが「泰平ヨン」の方法でしかSFを書けなくなるのは必然だったのかもしれない。
泰平ヨンシリーズ第四作は文庫本で420ページに及ぶ長編である。 ヨンは休暇で出かけたスイスで訴訟沙汰に巻き込まれ、裁判の間足止めを食う。暇つぶしに歴史機研究所に出かけたヨンはそこで将来、「航星日記」中の「第14回目の旅」に記載された内容が間違いだらけだとして惑星エンチアのルザニア、クルトランディアの二国から抗議されると予測されることを知り、文献を当たってエンチアの歴史、文化や生物学について調べたのち、エンチアに向かうのだが… このエンチアのことについて調べる、というくだりでほとんど改行もせずに200ページ近くを費やすのがレムらしいところで、「ソラリス」の「ソラリス学」を思い出すが、「エンチア学」のボリュームは大変な物で、エンチアの生物の進化の歴史から、エンチアにおける神学まで、徹底したものである。学術書を読んでいるの同じ感覚で、とんでもなく読みにくい。しかし読み終えるころには、読者はいっぱしのエンチア学の博士である。 エンチアにはクルデルという恐竜のような動物が生息している。クルトランディアの人々はこのクルデルの中で、原始的・封建的な生活をしている。 もう一つの国ルザニアは文明国家で、一見ユートピアに見えるこの国の国民は知精という謎のエレメントによって支配されている。この知精の働きで、ルザニアの人々は、他人に危害を加える事ができない。実は以前はクリヴィアというもうひとつの国があったのだが、ルザニアと敵対した結果、知精によって一人残らず滅ぼされてしまったらしい。らしいというのは、ルザニアはクリヴィアを滅ぼした事を認めていないからである。 とにかくそのとても細かい所まで考え抜かれたエンチアという惑星についての考証がすごい。エンチア人は人類とは全く違う生殖方法をとるので、人類が生殖に対して抱く羞恥心が理解できないのであるが、ここから人類の神学の矛盾点を指摘するに至るまでを組み上げていく手腕はさすがに見事。レムという人はこういうもの(架空の本や、架空の惑星)をでっち上げる事にかけては超一流である。おそらくエンチアはSF小説に出現した惑星の中でも、もっとも詳しく描かれた惑星のひとつであろう。 そして物語の行間に流れるペシミズム。二つの国のおぞましい実態を目の当たりにしたヨンには、もはや夢オチすら許されないのである。人間を飲み込み、自由のないクルトランディアと、一見自由に見えながら、目に見えないものに支配されるルザニア。ペレストロイカ直前に書かれた、二つのおぞましい大国のカリカチュアだろうか。
われらが泰平ヨンは、未来学会議に出席するためコスタリカに出発する。しかしそこでテロリストの幻覚剤攻撃を受け、致命的な傷を受けて冷凍されてしまう。次に目覚めたのは西暦2039年だった。一見ユートピアのその世界で、ヨンの見たものは…?未来が2039年ってあんまり近すぎるような気もするが、これは1971年の作品である。作品が書かれたころは近すぎず、遠すぎない未来だったのだろう。さすがのレムも、現代のネット社会は予測できなかったのだが、その点を除くと非常に現代的なSFである。 ここで描かれる未来は薬物に依存する恐るべき世界である。人間のすべての感情や行動を幻覚剤によって満足させているのである。これは前回取り上げた「泰平ヨンの回想記」でもさかんに取り上げられていた、「認識」の問題の延長である。 人と世界とのインターフェイスは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)のみに依存している。この五感すべてを奪われたら、人は世界との繋がりを断たれてしまう。ましてコントロールされたら、人は偽りの世界に住む事になる。 「回想記」第1話では、コルコラン教授の作った人工知能が、自分を人間だと思って偽りの世界に住んでいるのだが、それを見ると、われわれが感じているこの世界はどこまで信じられるのか疑問に思えてくる。このテーマの延長上に本作があるわけである。 それにしても、レムの作品はもともと造語が多いのだが、この「泰平ヨン」シリーズはその中でも横綱級である。要するに辞書にない単語がぽんぽん出てくるという事だ。さぞ翻訳者は大変だったろうと思う。 これは集英社から出ていたが現在廃刊。4作ともぜひ復刊して欲しい。 ところで前回「回想記」の記事で「航星日誌」の復刊予定がある、と書いたがこれはガセネタだった。国書刊行会から出る予定の「短編ベスト10」に「航星日誌」のなかの作品が収録されるだけのことで、どう考えてもこれは復刊ではない。 「復刊ドットコム」さんは即刻「復刊決定」の表記を改めてほしい。 さて、次「現場検証」行こうか…でももうすぐ「天の声/枯草熱」が届くなあ…
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