創造とは?/ ディック
[ 1443] 天地創造 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%9C%B0%E5%89%B5%E9%80%A0
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天地創造(てんちそうぞう)とは、広義には神話における世界の創世全般を指すが、一般には旧約聖書の創世記における世界の創造のことを指す。宗教絵画などでよく題材となる。 旧約聖書を批判的に分析研究する学問を旧約聖書学といい、その研究の結果、『創世記』では、2つの立場(信仰)の「天地創造」が、併記されていることが明らかになった。 この物語の部分は、祭司記者資料と呼ばれる(頭文字を取りP資料ともいう)。紀元前587年に南王国ユダが新バビロニア帝国に敗れ、エルサレム神殿が徹底的に破壊され、その当時の指導者層の人々がバビロニアに強制連行された(これをバビロニア捕囚という)。規模は、数千人 - 数万人と言われている。圧倒的なバビロニアの神々の宗教(主神マルドゥク)に囲まれ、今までの神ヤハウェ信仰が危機の状態に陥り、民族が自信を失っていた。この様な状況の下で祭司職人(現在祭司記者と呼んでいる)の中から、バビロニアの神話に対抗する形で、自分たちの信仰書を作り出し(創造信仰)、この危機状況から再び生きる力を生み出していった。 バビロニアの創造物語は紀元前1500年頃に作られたと言われており、この祭司記者たちはその内容を知っていて、それを否定、乗り越えるかたちで神ヤハウェを受け止め直して信仰を記述している。例えば、その神話では、新バビロニアでは、極端な階層社会であり、そのトップの王だけが神、神の子であり、政治支配の正当化を強めているが、創世記では、人間は全て、神から、神の似姿として作り出され、平等(皆、神の子である)であることが主張され、信仰告白されている。この様に、創世記は、素朴な伝承、神話などではなく、当時の知識階層が執筆した宗教書(表現形態は物語ではあるが、神学書)である点が、世界の他の天地創造物語とは異なる。 この物語の部分は、ヤハウィスト(ヤーウィスト)資料と呼ばれる(同じくJ資料ともいう)。以前の学説では、ヤハウィスト(ヤーウィスト)資料は祭司記者資料よりも古いとされてきたが、研究が進み、表現形式、信仰内容も知識文学に近い部分もあり、現在では、上記バビロニア捕囚よりも後代という説が強くなってきている。この場合も、神話というものではなく、知識階層の人々が自分たちの信仰を執筆しており、ヤハウェ・エロヒムと人間に対し深い洞察がなされており、それが現在に至るまで、救いを生み出している。 この結果、祭司記者資料の部分では、いくつかの点で、バビロニア神話との類似点が見られる。むしろ、バビロニア神話を含む先行する神話を素材にして、それらを換骨奪胎して、新しい天地創造物語を作り出したというのが実態に近い。以下に、そのあらすじを示す。 はじめに(ヘブライ語「ベレシース、beresit」)、エロヒムにより天と地が作られた。地はかたちなくうつろで闇が水の面にありルーアハ(日本では聖霊と訳されている)が水面をおおっていた。エロヒムが「光(ヘブライ語「オール」雷の意味もある)あれ」といい、光が作られた。光と闇が別けられた。これによって光が昼、闇が夜と名づけられた。夕があり朝があり第一日となった。 二日目は水が上下に分けられて空が作られた。空は天と名づけられた。(後の解釈で雨が降るのは天の上に水が存在するからであるとされる。) 三日目は乾いた陸が作られ大地と名づけられ、水は海と名づけられた。地の上に草、種をもつ草、果樹が作られた。 四日目は空に2つの大きな光体(ヘブライ語「マオール」発光体の複数形)である、大きい光体と小さい光体と星が作られ昼と夜をつかさどらせた。 六日目は、地の生き物の家畜、這うもの、地の獣が作られた。そして、その生き物をエロヒム(エールの複数形)がいう「われわれのかたちに、われわれをかたどって人をつくり・・」海の魚、空の鳥、家畜、地の全ての獣・這うものを治めさせるため人間の男と女が作られた。 この後、別の天地創造物語が始まり、ヤハウェ・エロヒムが地と天をつくって安息した時、…地に植物が生えていないときヤハウェ・エロヒムが土のちり(アダマ)で人(アダム)をつくり、その鼻にルーアハを吹き入れた記述と食用の植物と命の木と善悪の知識の木を植えたこと、女(イシャー)を創造し以降エデンの園に続く記述となる。 旧約聖書学では、創世記の記述内容としての「天地創造が起こった年代」は果たしていつだったのかについての推定が繰り返されてきた。 ただし前提として、旧約聖書学では、天地創造物語は信仰書であり、信じている内容を記述しているという事は、全ての学者が認めており、もはや「実際に・事実として、いつ起こったことか、どうか」は、研究・議論されていない。ただし、「当時の人々がいつ起こったと考えていたのか?それはどういう信仰・根拠だったのか?」などは研究されている。 正教会では西暦で言うところの紀元前5508年のことだとしており、これを元年とした「世界創造紀元」を用いていた。 1654年に、英国国教会のアイルランド大主教ジェームズ・アッシャーとケンブリッジ大学副総長ジョン・ライトフットが聖書の記述から逆算し、天地創造は西暦の紀元前4004年10月18日〜24日にかけて起こり、アダム創造は紀元前4004年10月23日午前9時と算出し、長らくキリスト教圏ではこの年代が信じられてきた。その他にも天地創造の年代には諸説ある。 この「天地創造」は、キリスト教に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(ポータル キリスト教/ウィキプロジェクト キリスト教) |
[ 1444] 創造論 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E9%80%A0%E8%AB%96
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創造論(そうぞうろん)とは、宇宙・世界や生命・人間が「創造主なる神」によって創造されたとする宗教的な論説。 「創造論」という文言は進化論に対峙して使われるようになった言葉である。日本で最初にこの言葉を用いたのが字義解釈による創造論であった。そのため本項で紹介するものの中には、現在は支持者がおらず廃れてしまったものや、正確には創造論とは言えないと思われるものも含む。 聖書は全て文字通りに解釈すべき書物であるとし、神(ヤハウェ)が創造した六日間と、安息された七日目の一日は文字通り24時間であったと解釈している説。天地創造は、アダムの創造から家系譜を計算して今から約6000年前とされる。 必ずしも字義的に解釈するのではなく、教義としての教えの記述であるとする説。(6日間の出来事は創造の順番として理解する) 聖書の主題は人類の救済であるとし、聖書の記述が科学的に全て解明されたわけではないため、聖書の創造の記述について一般的な解釈である枠組み説に立つ創造論支持者も多い。(テトス3:9等) 単に長い時間の間に創造的進化論を当てはめる考えと、この中に二回創造説の最初の時代があり1章2節が二回目の創造であるとする考えがある。 創世記中で「日」と訳されるヘブライ語ヨームには「長い時間、特別な出来事の時」という意味があり、創造の六日間が数千年、あるいは数十億年の期間であったと考える。?(創造の1日を千年あるいは数十億年の長期とし、×6の期間で創造) 神が時間をも作ったと考えるならば創造の最初の時間、六日間はまさに「特別な出来事の時」として理解できる。また「長い時間=千年」を、アダム、ノア、アブラハム、ダビデ、キリストまでがそれぞれ約千年、キリストから現代までを2千年=合計6千年として予型や雛形としての側面から聖書を読み取る神学的解釈と字義解釈は矛盾しない。(ペテロの手紙第二3:8) 事物の創造順が異なるため統合できないとする文献批判の聖書学により創世記をP典とJ典(2章4節から)の二つに分類して創造説話を解釈するもの。第一の創造の後、ルシファー(サタン=悪魔)に率いられた天使(堕天使=悪霊)らの反乱が起こり、その戦乱で世界は破壊されてしまったので、ミカエル率いる天の軍勢が堕天使を制圧し地獄に幽閉した後、神が世界を造り直した過程が第二の創造だとする説。(黙示録12章2~9節)(ペテロの手紙第二2:4) 英語訳聖書で以前、地獄と訳されていた「ハデス」を現在は音訳にするものが多く、日本語では音訳あるいは「黄泉」(よみ) と訳して地獄と明確に区別している。人間は死後、自動的に地獄や天国に行くのではなく最後の審判があり、神による死者の裁きがあった後に「よみ」さえも落とされる場所が地獄であり、まだ形成されていないため字義的に二回目の創造は黙示録の記述にある神が創造する「新しい天と地」となる。この場合第一と第二の創造は字義解釈に取り込まれる。 フランスの博物学者ジョルジュ・キュヴィエが提唱した。キュヴィエはほ乳類化石の専門家であったが、化石として発見される動物は現在ほとんど見られず、逆に現在見られる多くの動物は化石として発見されることがない。この矛盾を解決するため、神による創造は何度も、たびたび行われたのだと考えた。19世紀には多くの博物学者・地質学者が創造論者でもあり、現実に観察される生物や地球と聖書の記述を合致させようと様々な説が提示された。本説も、オムファロス説もそれらのうちの一つ。 イギリスの自然学者フィリップ・ヘンリー・ゴスが1857年に提唱した。歴史の存在を想像させる地質学的、生物学的、その他ありとあらゆる証拠(化石、地層、年輪など)は、それを含めた完全な形で地球は紀元前4004年に創造された、とする。 単体で用いられる説ではなく、上記の「断絶説」「長期説」に含まれる長い時間の中で生命の進化があり、その過程において神の意思が反映されたとするもの。また、創造論と進化論 は必ずしも対立しないとし、神の意志によって進化がなされたとするため「進化的〜」と呼ばれているが進化論を積極的に支持しているのではないとしている。人によっては「断絶説」「長期説」以外の説にも適用して用いる場合もある。 字義解釈の創造論に基づき、地球・宇宙の誕生に関する事象は聖書から科学的に説明できるとする論説。宇宙や地球の出来た年代、生物の発生順や発生時期、各々の生物種の発生の仕方などについて、宇宙論・地球科学・古生物学・進化論など現在の自然科学上の定説と対峙して、創世記の記述を科学的な事実であるとして論述し証明しようとする言説を「創造科学」と呼び、それに関与する学者・科学者を「クリエーショニスト」と呼ぶ。 近年のアメリカで始まったもので、聖書から科学的に論証しようとする宗教的な論説の創造科学を基礎にして、より多くの人々に受け入れられるように全てを創った存在を「創造者(神)」と言わず「偉大なる知性」と表現し、この知性によって宇宙・地球が設計(デザイン)され、創造されたとするもの。 創造論とは近年のキリスト教(主にプロテスタント)教会で使われるようになった文言である。しかし神の創造についての理論的解釈は歴史的伝統があり、ここではそれらを創造説として記す。 キリスト教の正統信仰を規定する基本信条である使徒信条、原ニケア信条、ニカイア・コンスタンティノポリス信条は、神をまず創造主として告白している。従ってキリスト教において創造は必須の基本教義である。 紀元後1世紀、アレクサンドリアのフィロンによって、イデア界の霊的創造(創世記1章1節から3節)がデミウルゴス(造物主)による物質界創造(同1章4節以降)に先立って起こったとする説が説かれた。これを二段階創造説という、フィロンは創造の第1日をイデア界の創造として把握し、対して、第2日以降に詳細に展開される創造の過程を、イデアに基づく現実界の創造と考えた。ここには、プラトンの『ティマイオス』における「イデアのみやり」による工匠・造物主の世界の創造論と聖書の創造記述の結びつきによる把握がある。創世記2章には「われわれの形(エイコーン)にしたがって」(七十人訳聖書)という個所があり、創造は「エイコーンにしたがって」なされたと考える余地があった。そして中期プラトンにおいて、エイコーンはイデアと互換な概念であり、この語はいわばイデア論と創世記の創世神話をむすぶ蝶番となったのである。 この二段階創造論と同じ発想は、グノーシスにもみられる。グノーシスもまたプラトン思想の影響下にあり、むしろさらに感覚的・肉的なものへの嫌悪を受け継いでいる。グノーシスでは、神の作った善なる霊的世界と、デミウルゴスの模倣により悪なる劣った肉的な世界の二段階の創造が考えられた。この説は、他のグノーシスの教説とともに、のちのキリスト教会からは異端とみなされた。 一方、正統教会のなかにも、異教的な背景をもつ自然学と創世記の創世神話を調和的にむすびつけようとする試みが為された。このとき、自然は、聖書文書とともに「神の業」をあらわす書物であるかのように考えられた。4世紀、多神教的異教は依然として勢力を保っており、したがって、この時代の護教的な文脈のなかでは、両者の一致をいうことは有益であると思われた。例えばカエサレアのバシレイオスは、『ヘクサエメロン』(六日の書、中世思想原典集成2・平凡社収録)を著し、創造説についての記述を行った。 1654年に、英国国教会のアイルランド大主教ジェームズ・アッシャーとケンブリッジ大学副総長 ジョン・ライトフットが聖書の記述から逆算し、天地創造は西暦でユリウス暦の紀元前4004年10月18日〜24日にかけて起こり、アダム創造は紀元前4004年10月23日午前9時と算出し、長らくキリスト教圏ではこの年代が信じられてきた。その他にも天地創造の年代には諸説ある。 20世紀最大の神学者と称されるカール・バルトは、未完の主著「教会教義学」全4巻における第3巻、邦訳全36分冊中11冊分を創造説に割いている。 神学的に創造の意義について洞察を深める場合も「創造論」と称される。神学用語である神論・キリスト論・和解論・救済論などに見られるような伝統的、教義学・組織神学の細目各論を示すものと同列である。 前述の通り、ユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒は、理解の差こそあれ基本的に創造説を受け入れていると思われる。 特に、聖書は文字通りに信頼するに値する書物と信じるキリスト教根本主義(原理主義)者は、宇宙の始まりから現在までの過程は旧約聖書の『創世記』の記述の通りであり、生命はそれぞれの「種」が個別に創造された不変のものであると信じている。「本文また行間にも文字通りの解釈以外の説を積極的に肯定するようなものを見いだす事は出来ない」とし、天地創造の説話については一切の比喩的解釈を退ける者もいる。これらのものが前述の創造科学の支持者となる。 アメリカ合衆国では『創世記』をそのまま信じている人はかなりの割合であると言われ、論争が起こってきた。その中には、進化論を教えるならば同じ時間だけ創造論も教えるべきであるという主張や、創造主の存在を出さずに創造論を暗に示唆するID論など立場は多様で、複雑である。一部の州では生物の教科書で「進化論」を教える派と「創造論」を教える派が真っ向から対立し社会問題化することもあった(スコープス裁判など)。 近年アメリカで創造論を支持する人が増加しているのは福音派の影響というよりも、それぞれの専門家が議論を交わすテレビ討論番組などの放送が大きく影響しているようである。民間の統計では国民の50%を超える人々が神が人間を創造した事を信じているという数字が出ている。[1] 創造論は 聖書根本主義者の間違った主張であるとする立場では、創造論者の総称として「ファンダメンタル」と呼ぶこともある。創造論の間違いを主張する媒体はインターネット上でも見られる。過激な活動で影響を与えようとする創造論者がアメリカには存在しており、それに対する拒絶反応からリベラル派(自由主義神学の立場)が多いのではないかといわれた。日本では創造科学や創造論を科学的に説明しようとする立場の存在そのものが最近10数年前まで知られておらず、また教会でその存在が知られてからも中立的な立場を取る場合がほとんどであり、キリスト教会においてですら特殊なものとして扱われてきた。創造論を紹介した人々は字義解釈を取る立場の人たちがほとんどであったため、その結果皮肉な事に日本では創造論といえば字義解釈であり、それ以外の説は聖書から納得のいく説明ができないとしてほとんど支持者がいない状況である。そのためか最近は字義的創造論を受け入れるクリスチャンの割合が近年わずかながら増加していると思われる。日本の教会において一般的には枠組み説を取る場合が多いのは無益な論争をさけるためのもののようである。キリスト教の信仰者が1%に満たない日本では裁判に訴えるなど政治的なものではなく、もっぱら啓発的、伝道的な信徒個人の自発性を重んじる教義の流布が圧倒的である。 |